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2011年6月5日日曜日

マイクロファイナンスと多重債務

今度訪問するケニアのベンチャーで働かれる方(日本人)から、南アジアで起こったようなマイクロファイナンスによる多重債務等の問題はアフリカでも起こるのか、という質問を頂いたので、以下の通り回答しました。

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御連絡ありがとうございます。非常に興味深い質問です。私は、
ケニア、もしくはアフリカにおいてもマイクロファイナンスに起因した多重債務等のトラブルは起こりうると考えています。

インド・バングラ等での多重債務に関しては、マイクロファイナンスのビジネスとしての有効性が急激に、そして過剰に世間に知れ渡ったことに起因すると思います。マイクロファイナンスは、借り手の債務返済能力の査定、担保等の取り方、債務不履行になった場合の対処方法などのルールを現地コミュニティの慣行にある程度フィットする形で作り上げ、借り手とコンタクトをとるスタッフのトレーニングを十分に行う必要のある、非常に多くの時間とコミットメントが必要とされるビジネスです。しかし、南アジアではムハマド・ユヌスのノーベル賞受賞などを受けて、急激にマイクロファイナンスに資本が投下された結果、しっかりしたビジネスモデルが出来上がる前に兎に角お金を貸してしまった、というのが実態ではないでしょうか。

対して、アフリカで多重債務等の問題が大きく取り上げられていないのは、おそらく、マイクロファイナンスがそれほど急速に浸透していないのと、比較的大規模な(審査能力がある?)商業銀行等が取り組んでいるケースが多いのと、担保の取り方やローンの徴収方法が違うからではないかと思います。例えば、ザンビアでは給与から源泉徴収の形で返済をするモデルがかなり広く浸透しているようです。政府もアクションを取ってはいると思います。確か昨年、ナイジェリアで政府がかなりの数のマイクロファイナンス機関に業務停止命令を出したと思います。ただし、こういった政府のアクションのインパクトは恐らく限られていると思います。

また、南アジアのマイクロファイナンス「ショック」は、かなり作り上げられたものではないかと思っています。そもそもアカデミックな研究でマイクロファイナンスが貧困層の所得を上げる、という結果がない(と理解しています)中で、マイクロファイナンスは貧困層を救う、というようなイメージが世の中に浸透してしまったのは何らかのマーケティング上のミスなのかもしれません。しかし、マイクロファイナンスが浸透する前は、貧困層は例えば地主などから非常な高利でお金を借りていたわけですし、多重債務等の問題は多くあったと思います(確かそういった研究は開発経済学の分野でかなりあると思います)そういった人たちに対して新たな資金源へのアクセスを与えるという点で、マイクロファイナンスの功績は非常に大きいものであると私は考えています。また、途上国で何らかのスキャンダルを作り上げて、ネガティブマーケティングをするのは非常に容易です。幾つかの悪いストーリで、マイクロファイナンス全体があたかも悪いかのように取りざたされてしまっているのは、残念です。

マイクロファイナンスの資金の流れは、投資家→銀行→借り手、という風になると思います。銀行から借り手へのフローに関しては、不十分な査定に基づく貸付を続けていると、銀行自体が多量の債務不履行を抱え損をしてしまいます。ファイナンスという商品は借り手にとって非常に分かりにくい商品ですので、借り手への教育というのは重要だと思いますが、長期的にみるとこのフローはある程度安定するのではないかと思います。また、政府も利子率の上限は定めていると思います。他方で、投資家(ソーシャルにせよ、コマーシャルにせよ)から、銀行への資金フローが、銀行のキャパシティを超えたものにならないか、というのが中長期的には大きな課題になるかもしれません。恐らく第三者によるマイクロファイナンス機関の査定などでグローバルなスタンダードがあるのではないかと思いますが、ここの資金フローをコントロールするのは、難しいかもしれません。また、アメリカではMicrovest等、マイクロファイナンス機関の査定をするファンドがあって、そういう仲介機関を通しての融資が一般的になるのかもしれません

とりあえず、私もまだしっかり勉強していないので、ケニアで色々な方とお話をする中で、もう少し知見を深めていきたいと考えています。

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最後に書いたとおり、私も勉強不足ですので、誤ったところがあったら教えてくださいねー。

2011年5月28日土曜日

ターゲットは誰か?

元IMFのチーフエコノミスト、Rajan教授が、「全ての決断はEthicalな要素を含む。ひとつの問いに対して色々な(Ethicalな)見解があることを忘れるな。」という名言を残して最終授業を終えました。感動の最終講義でした。

…途上国でのビジネスにせよ、開発援助にせよ、常に「誰がターゲットになるか」というのは結構重い問題です。特に開発援助に関して、現場から遠い人は、最貧層にアプローチせよ!の一点張りなのですが、現場に近いとそうも言ってられなかったりします。例えば、教育。昔ラオスで学校を作るプロジェクトをやっていましたが、残念ながら本当の最貧層にはアプローチできませんでした。理由は、最貧層は山奥に住んで焼き畑農業に従事し、そもそもインフラがないので建設コストが異常に高くなるから。そしてもし建設したとしても、彼らは移住するので長く施設を使ってくれないからです。

最貧層というのは基本的に市場からのアクセスが極めて悪いところに住んでいるので、特定のプロジェクトのみでアプローチしようとすると、コストが異常に高くなります。それに、最貧層の1人を学校に行かせるのと、少し貧しい層の1人を学校に行かせるので、どっちが社会全体の効用を上げているかというと、この答えを出すのは難しいです。

この問題は、基本的に何をもって評価軸とするか、という問題でもあったりはするわけですが、基本的に僕は以下の図のように考えています。インパクトとコストがある程度つりあうところから順番にアプローチしていく。そのうちに世の中も良くなっていくだろう…
 

まぁ、冒頭のEthicsに照らし合わせると、この問いに関する答えは三者三様なのだと思いますが、そういう見解もあるということで。

2010年11月25日木曜日

ネクラなリーダーシップ

急な話ですが、リーダーシップというのは組織や物事を変えるために、周りの人を動かす力だと思っています。で、どういう性格の人が強いリーダーシップをもてるか、というと、やっぱり明るくて外交的であることは大事なんだろうな、と思っていました。というか、破天荒で豪放磊落で若干KYなところがあるくらいが良いと考えていました。

ところが、最近Amazonによる買収が報道されたDiapersの社長のインタビューを見ると、どうもこの社長は結構ネクラな感じがします。機械のように働いて、パートナーとのディスカッションと分析に多くの時間を使う。でも数年で大きな会社を作り上げるだけの手腕は確か。

カーライルの創業者の一人David Rubensteinも、かなりエネルギッシュですが必ずしも豪放磊落なタイプではありません。このスピーチの特に良いところは、人生の第一ステージ(学校でよい成績を取ること)に成功した人が、第二ステージでうまくいくとは限らない、というお話と、弁護士、行政といった仕事での試行錯誤を経て、かなり遅いステージで自分に最も適するPEという仕事にめぐり合った、というお話です。スゴい経歴ですが、ゲイツやジョブスのような、天才タイプではないし、野性的な嗅覚で生きているわけでもない。




こういった人達を見ていると、自分の性格を無理して変えようとするよりも、自分の長所と短所をいかに使い分けていくか、の方が余程重要だな、と感じます。性格なんて年をとってもたいして変わりませんし、足りないところは誰かに補ってもらえばいい。

まぁ、日本のネクラなリーダーといえばこの人ですしね…



大抵のMBAでは組織や社会でリーダーシップを担う人材を育てる、ということになっているのですが、まぁ確かに授業の中でも外でも色々と考えさせられることは多いようです。日本にいるときよりも、役割分担とチームワークの大切さを学んでいる気がしますね、不思議と。

2010年11月7日日曜日

Realism or Pessimism?

先日シカゴ大学でThe Emerging Markets Conferenceというのがあって、少しだけ参加してきました。何か今回のカンファレンスは凄くレベル感の違う人たちがレベル感の違う話をするという、明らかにアジェンダセッティングと招かれる人に問題のあるカンファレンスだったのですが、お陰で幾つか面白い議論を聞けました。

(1) Renewable Energy Panel
A: 某国際機関「ブラジル(北東部?)では水力発電と風力発電は補完関係にある。ダムの発電量が減る乾季は風が強いからだ」

B: ブラジルの起業家「いや、風力は日単位・時間単位のボラティリティがあるので、水力とは完全な補完関係にはなりませんよ。バッテリー必要。」

(2) Infrastructure Panel
A: 某コンサルタント「インフラ開発のポイントは、各プロジェクトの優先順位付けと、PublicとPrivateのWin-Winの関係と…(以下略)」

B: インフラディベロッパー(南米)「政府によるトップダウンのプロジェクトの優先順位付けなんてありえません。誰がプロジェクトを取るかっていうと、一番声の大きいアグレッシブな人。それだけ。」


両方の議論に共通することは、現場との距離と楽観主義の相関です。現場から遠い人の方が、楽観的な意見を言う。もしくは、偉い人の方が、パブリックに向けたポジティブなメッセージを発するのに対し、実務者の方は実際に物事を動かすための方法を語る。会場は実務者の意見は"Pessimistic"だという空気になっていたが、これはいかんと思う。トップダウンのアプローチがクリエイティブなアイデアにつながることは多いが、ファクトベースの議論はその前提条件。

僕としては、実務家の見解に大いに共感しつつ、ではどうすればいいのか、というのは悩ましいと感じました。まぁ、これは個人的には20年くらいかけて解決すれば良いイシューかな。

前者に関しては、@adachihayaoさんが昔仰っていたように、蓄電池のコストを加算した上でrenewableのコストを既存の技術と比較する、というのがもっとあっても良いと思う。後者に関しては、企業戦略と国の戦略では、達成すべき成果の多様性に大きな隔たりがあって、国の戦略のほうが数段難しいということだと思う。

2010年10月25日月曜日

新興国投資事業のシナリオ分析

Financial Crisisがひと段落した今年、新興国投資が世界中で加熱しています。しかし、10年後に、日本発の新興国投資ビジネス(≒日本の資本、人材、技術をレバレッジした投資)はどういった形になっているのか、いやむしろ、存在しうるのか?その絵姿というのは必ずしも決定的では無いと思います。

このシナリオを考えるに当たっては、かなり沢山のリスクファクターを考える必要がありそうですが、その中でも、日本国内での新興国事業への関心度と、国際政治/国際マクロ経済の安定性、という2つの要素が不確かで、かつインパクトが大きいように感じます。


この表では、まず、一番左に新興国でのトレンドを挙げ、右の2列で、それぞれ、新興国事業への関心、国際政治/マクロ経済安定性の2要素の「説明変数」を挙げました。例えば、日本のビジネスパーソンの語学力が今後向上していくか、は、新興国事業への関心が高まるか、という論点に大きく影響を与えそう、といった感じです。ここで挙げた説明変数のうち多くは、今後どうなるかちょっと分からない要素だと私は思います。


さらに、上に挙げた2点をそれぞれ、縦軸・横軸に取って、4つのシナリオを考えたのがこの図です。左下のBusiness as Usualは、日本も世界も自国内の経済にリソース(人材・資金等)を割く、国境によって分断された古典的な国際経済です。このシナリオでは誰も損も得もしません。右下は日本だけがビジネスの国際統合に加わらず、沈没していく最悪のパターンです。

私のように新興国事業に関心をもっており、かつプロジェクトマネジメント系のスキルに偏った人間にとってみると、右上の新産業誕生シナリオが一番望ましいです。しかし、国際政治/マクロ経済が極めて不安定になった場合、個別の企業のファンダメンタルを向上して利益を得る投資モデルは成り立ちにくく、為替リスクや政治リスクに基づく裁定取引モデルが主要なビジネスモデルになるでしょう。この場合、マクロ経済とファイナンスのスキルを持った人がパッシブな投資で活躍する。

で、実際にどうなるか、というと、おそらく、この裁定取引モデルと新産業誕生モデルの中間くらいになるのではないかな、と思います。この場合、マクロ(国)とミクロ(企業)の双方をバランス良く見ることのできる事業体が成功するという総花的な結論になります。

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先週授業で習ったScenario Analisysというものを使ってアタマの体操をしてみました。そもそもこのプロセス、サイエンティフィックではなくて、かなりintuitiveです。恐らく、上に挙げたX軸とY軸以外にも色々な軸の組み合わせがあるだろうと思います。皆さん、考えてみてください。そして教えてください。

2010年10月24日日曜日

ソーシャルなるもの

これまで聞いた話や読んだ本を総合すると、「伝統的」なソーシャルビジネスと通常のビジネスとの違いは、極論すると、財/サービスの違いではなく、サプライサイドがどういう意図を持って財もしくはサービスを提供しているか、にあるように思えます。

これを図にするとこうなります。既存の事業をうまく表現する言葉が無かったので、あえて"Greed"としました。


DemandとSupplyの二つの円をあわせるとこうなります。


こうしてざっくりとセクターごとに見ると、双方から提供されるサービスの差はそれほど大きく無さそう、というのがしっくりくると思います。例えば、真ん中に位置する、水・道路といったインフラ、医療、ファイナンス等はSocial/Greedの双方から提供される財/サービスです。

但し、両者共に制約条件があり、地域・経済水準によって提供される財/サービスに違いがあります。Greedは、少なくともコストを上回る値段での買い手がいない市場では財/サービスを提供しません。あるいは、規模の経済がはたらく事業では、クリティカル・マスに達しない市場に参入しません。対して、Socialは、リソースに限りがあります。従って、全ての財/サービスが全ての人間にあまねく行き渡っているわけではありません。

従って、途上国の所得が低い層にとっては、こんな感じに見えるのではないでしょうか。


ということで、Socialの側も、Greedの側も、緑・オレンジに色が着いた枠を広げようと頑張っています。Social側からすると、緑の枠を広げていくことに社会的意義を見出していて、Greed側からすると、オレンジの枠を広げていくことでオカネがもうかるようになっています。この枠を広げる方法は、技術革新・事業モデルの革新など、色々あると思います(※この枠を広げること自体をソーシャルと呼ぶのが最近の社会起業だと思います)。

どっちの側に属していても誰かの生活を良くすることは出来そうです。でも、片側だけでは世の中は成り立たなそうです。そして、どちらの側にいるとしても、枠を広げる仕事というのが一番面白そうな感じがします。

2010年10月18日月曜日

DC trek その2

さて、前回の続きでDC trekで面白かった企業の話を書きます。

Microvest: Microtinance Institutionを対象としたFund to Fund。MFIの中から優良企業を抽出してDue Diligenceをして、Deal、というパターンはPrivate Equity (PE)と似ている。リターンやROEも教えてくれて勉強になった。最近はMFIを地域の商業銀行が買収するケースも増えているらしい。業界のトレンドとしては雨後の筍のように増えたMFIが淘汰されながら、CommercialでTraditionalなLendingとConvergeしていくのかもしれませんね。

Roschild: ロスチャイルドといえば財閥といった感じですが、ブティック系の投資銀行らしく、DCのオフィスはグローバルの資源関係のPFIを担当しているとのこと。資源関係のPFIは行政とも密接に関わるし、コンゴ民のような普通のビジネスではリーチしない国で事業を行う。ということで、ポリティカル・ソーシャルなリスクをいかにコントロールし、緩和していくかという話がアツかった。

GEF: 環境関係のビジネスに投資するPE。大手のPEと比べるとディールの平均額は低いのですが、アクティブに経営に入り込んでいる模様。さらに林業のように他ではやらないユニークな投資も取り扱っている。この林業の話が面白くて、10-12年の投資期間でアフリカの数カ国に投資しているとのこと。アフリカの森林は減少しているし、燃料・木材としての需要は大きいらしい。よく考えると木ってアセットとしては結構いけてるよな。今後のトレンドとしては、中国・ブラジルからの新興国に対する投資の増加を挙げていた。

このほか、AESという電力関係の投資(+事業)会社も訪れたのですが、セクター特化型の投資事業は強いな、と感じました。逆に今回訪れたようなアメリカに本社をおき世界中に投資する企業では特定地域への特化は難しいわけで、何が差別化要因になるかというと特定セクターへの専門性なんでしょうね。

2010年10月17日日曜日

DC trek

DC trekに行ってきました。これはEmerging Markets Groupのイベントのひとつで、15人くらいのグループでDCの途上国投資企業を数社、訪問するというものです。グループの日程は15日のみなのですが、僕は16日も滞在して知り合いや前職の先輩を訪問することに。9つの訪問先を回り、非常に充実した2日間になりました。

Emerging Markets業界、というのは、日本では存在せず、大企業や大手金融機関の事業の一部として存在するのみ(そして多くの場合出世コースではない)ですが、米国ではDCやNYにEmerging Marketsを中心ターゲットとした企業・ファンドが多くあります。マクロな背景としては、米国の盛んな起業熱に加え、産業構造の違い(日本のように垂直統合型ではない)が挙げられるでしょう。そんな中で、オルタナティブ投資や高いイールドを目的とした資本がこうした企業・ファンドに集まるのも不思議ではありません。

と、いうことで、Microfinance Insutituteから国際機関まで、多くの企業/組織に話を聞き、業界の最新のトレンドやキャリアディベロップメントの仕方を学んできました。グループの活動以外の、個人で取ったアポ先での議論もアツかった。キャリア関係で大学生の頃から長い間相談に乗ってもらっている先輩に5年ぶりに会って(電話やメールは頻繁にしていたんですけどね)今後の進路の話をしたり、前職の大先輩と国際協力に関するアツい話をしたり…。

この1年でDCは3回目なのですが、DCに来るといつも自分の「原点」が何かを思い出させられます。自分が目指すものは何か、そしてそこに至るために不足している能力は何か…。1年前にトレックに参加したときは、アメリカの企業に行くこと自体初めてで、質問するのも凄く緊張していて、2度目に冬に行ったときは、キャリアに関して限り無い迷走の中にいた。そんな1年間を経て、コミュニケーション能力、業界に関する知識、ネットワークのどれをとっても、大分進歩したなと感じます。少しずつですがキャリアビジョンもはっきりしてきたし。シカゴのパワフルな街並みから離れて端整なDCの街を歩きながら、そんなことを思っていました。

そんな感じで、最近大分調子が良いのですが、道は険しい。まだ2合目も見えていない感じだな。

ということで、個別企業の面白かった話はまた次回。

2010年9月18日土曜日

夏休み終わり!

夏休みが終わりに近づいてシカゴに戻って来ました。どうもインターンの関係であまり新ネタを報告するタイミングが無かったのですが、夏の間のtake awayをまとめると以下の通り。

1.インターン
ポストMBAが良く行きそうな会社2社でインターンをさせてもらいました。仕事の中で、思考法・アプローチの仕方を徹底して訓練することで、漠然としていた自分の思考過程を、プロセス化出来るようになったのが良かったです(抽象的ですが)。これは仕事のみならず人生全般に使えそうな気がする。担当した業界も自分が関心をもっている「広義の」インフラ関係で、かなりの知識を蓄積できましたし。

そして何より、この業界で何年も働いている先輩方にもまれる中で、自分の仕事の仕方やコミュニケーションの取り方について、良い意味で自信が持てるようになったことが良かったと思います。

2.ネットワーキング
新興国の事業開発関係の先達を中心に、多くの方と話をする機会を得ました。新しく(独立して)事業を立ち上げている方(もしくはこれからの方)が多かったのですが、事業のコンセプトや展望を聞き、議論をする中で、自分のキャリアプランが凄いスピードで強固なものになっていくのを感じました。知り合いの紹介や、コールドコールに近い状態で話を聞きに行くのはかなり緊張するし時間がかかるプロセスではあるのですが、それ以上の価値はある。

3.旅行
インドネシア、シンガポール、タイ、と半分休暇・半分ネットワーキングで2週間ほど旅行をしました。バックパックに革靴とちゃんとしたシャツを入れて歩き回るというのも異常な感じでした。良く考えるとこうして何も考えずにのんびりできる日々も久しぶりなので、しっかり充電。写真と簡単な感想はまた別にまとめようと思います。

と、いうことで、MBA2年目がもうすぐ始まる。来週は、Student Groupの活動を中心にもう既に色々なイベントが詰まってきている。この1年を昨年以上に充実したものとしたいっす!今、かなりワクワクしています。やるで~。

2010年5月31日月曜日

on the way

もうすぐでMBA一年目が終わろうとしている。

正直なところ、えっ!という感じである。まだまだ自分のちからが足りない。こちらに来て、分かったことは、世界中のライバルを相手にして、自分の思い通りの人生を描いていくために必要なのは、明確な戦略、計画性と専門特化。MBA生の間でも、個体間の総合的な戦闘力みたいなものの差は若干ありはするが、全ての点において他を凌駕できるような人はいない。というかそんなコトには誰も関心を持っていないんじゃないかな。

むしろ、絞りこんだ目標にむかって戦略を立て、それをこなしていき、ごく限られた一点だけでいいから日本トップ、世界トップになることが大事。というか、それしか出来ない。10ヶ月の間でレンガでぶん殴られるような経験を数々して、学んだのはそういったことだった。

そして、MBAのすばらしいところは、そんな一点突破の作戦を立てるためのリソースが揃っているところ。自分のスキルを相対的に比べることの出来る同世代の学生が山ほどいるし、今後の世の中の動きを一緒に考えることの出来るスバラシイ教授陣も揃っている。

そんなスバラシイ高みからも自分のフィールドである途上国のインフラ・イノベーション・投資事業は限り無く魅力的に見える。世の中にある、ありとあらゆる魅力的な機会と比べても、自分の好きなものの放つ光は色褪せない。20歳のとき初めてホーチミンの空港に降り立って、タクシーの運転手やら売り子やらが暗闇から鋭い目を光らせているのを見た時に感じた、興奮した気持ちというのは、変わらない。

しかし、スキルが足りない。これから時間をかけて学んでいかないといけないスキルが限り無くある。結局まだまだon the wayだ。それが面白い。まさに猪木ismである(笑)。

「人は歩みを止めたときに、そして挑戦をあきらめたときに年老いていくのだと思います。」

2010年5月13日木曜日

Chicago Microfinance Conference

僕はどうもヒネクレているところがあって、はやりモノには手を出したく無いと常日頃思っているのですが、結局アンチであって得したことはほぼ一度として無いので、シカゴのマイクロファイナンスカンファレンスをちょっと手伝っていました。

このカンファレンスは、大学レベルで開かれるマイクロファイナンス関連のカンファレンスの中では最大のモノで、KivaやFINCAといった有名なMFI (Microfinance Institution)やIFC、それからKelloggやUCLAのアカデミアも招聘している大規模なものなのです。カンファレンスに出席して面白かったのは以下の4点。

(1) 技術革新とマイクロファイナンス
ツイッターでも書いたのですが、東アフリカのM-Pesaという携帯送金サービスは500万しか口座の無かったケニアで3年で900万も口座を作ったらしいです。他にもクラウドを活用する話が紹介されたり、やはりイノベーション関連の話は面白いです。

(2) 競争と利子率
MFといえば高額な利子率(ものによっては年間60%)が若干悪名高い。これはデフォルトリスク(Group Lendingの場合低いようですが)、アドミンコストに加えて、「競争の少なさ」がかなり大きな理由になっているというのが、パネリストの間での概ねの合意でした。逆に今後20年で競争が激しくなり利子率も下がっていくだろう、とのこと。

(3) "Social"を"Business"にPlug-inできるか
"Wall Street"的、あるいは(先進国の)商業化の視点からは、MFIを立ち上げるまでに時間がかかりすぎること、スケールが小さいことが足かせだそうです。ふうん、と思ったのが、社会貢献的な投資に関して、投資家は「リターンは妥協しないが、高めのリスクを取ることはありえるだろう」という話。確かにリスクの算定というのは仮説の積み重ねだろうからなぁ。

(4) 難しい分野
実は農業関連の貸付は全体の4%に過ぎないという話には衝撃を受けた。途上国の人口の大半が農業従事者ですからね。それから、クリティカルマスに達しない島嶼国での事業も今後の課題らしい。

IFCのMicrofinance Groupのヘッドの話が一番面白かった。10年くらいロンドンでコンサルをやっていた方なのですが、10年後、20年後の業界を見据えて仕事をされている。彼曰く、まずはフィールドでの経験を積め!とのこと。これはこの分野だけでなく途上国事業全般に言える事だなぁ。僕自身、最近、早く現場に出たくてうずうずしています。特にこの分野に関しては現場感覚が全くないからまだしっくり来ていない、というのがホンネのところです。スミマセン。

この分野はプロフェッショナルが沢山居ると思いますが、もし認識が間違っているトコロがあれば教えてください。

さて、来週はムハマド・ユヌスが来るということで、そのロジを手伝っています。

2010年3月15日月曜日

Customer Analysis on OLPC

僕としては国際開発(International Development)というのは極めてロジカルなプロセスだと思っているが、外国の話となるといきなり右脳全開になってしまう人がアメリカでも多い気がする。

100ドルPCで有名なOLPC(One Laptop Per Child)が学校に来たので話を聞きに行った。Linuxを使って途上国の教育向けにパソコンを開発し、アフリカや中南米の教育セクターに大量に流通させ、今も新しいラップトップを開発しているという話。現在開発中の新しいPCはキーボードもタッチパネル式になっているらしく、Nintendo DSを大きくしたようなインターフェースで面白かった。

しかし、何故、教育がターゲットになるのか?僕の印象としては、こういうラップトップは教育よりもインドやエジプトの中小企業での在庫管理や工程管理に需要がありそうな気がする。そんな中で、教育を対象にするのは、恐らく、エンドユーザーの都合というよりも、話題性とそれに伴う政治家等大口の顧客の獲得、大手企業からの支援の獲得といったメリットによるものではないかと思っている。

事業自体が教育に及ぼすインパクトは目下検証中、とのことであったが、今までどおりのChalk & Talkで授業を行うのであれば教科書とノートを大量に配ったほうが安くつくし、インタラクティブな授業が必要なのであれば教員の質を向上させなければならない。もちろん、ネット配信で独自の教育パッケージを提供できるようになれば、パソコンの優位性は確保できるかもしれないし、そもそもパソコンリテラシー自体が大事だという考えもあるとおもう。しかし、パソコンのエンドユーザーになる教員・児童・父母のニーズが(他の教育関連支出に比較して)現時点でそれほど高いとは思えない。(おそらくはある程度所得水準が高い国・地域であれば、パソコンのニーズは高いと思う。)

他方で、政治サイドとしてはこのパソコンは結構おいしい。アフリカで小学校を作ると現地の業者を雇ってもちゃんとモルタル塗った組石造であれば、1教室100万円程度はかかるので、同じ金で100個ラップトップを買ってばら撒いたほうが安くつく。事実、最初に買いにきたのはリビアのカダフィをはじめとする大物政治家らしい。

加えて、開発サイドに関しても、インドの中小企業に売る、という名目ではアメリカ国内で無償のサポートは得られないだろう。だから教育なのだ。戦略としては素晴らしい。PCを教育に如何に役立てていくかはパソコンを普及させながら考えていけばいいのだし、このプロジェクトが無ければアメリカのIT Geek達の能力はうまくMobilize出来なかっただろう。

ただ、若干宣伝の仕方が気になった。彼らのプレゼンでは、「水も食料も無い地域にパソコンを送る意味があるんですか?とお考えのかた、パソコンを「教育」に置き換えて考えてください。教育は全ての基礎になります。」というビデオが流されたが、こと教育に関して言えば、アフリカの就学率、識字率、平均就学年数を考えると、やっぱりちゃんと教えることの出来る人が田舎の何も無い地域でも教員として働くことができる環境を作ることのほうが余程大事な気がする。まぁそれは僕の勝手な思い込みかもしれないが、もう少しちゃんとパソコンが何で必要なのかを教えてくれてもいいんじゃないの?それとも、支援者は子供達がパソコンを貰って喜ぶ顔を見るために寄付しているのかしらん。

と、マジメに反論するのもいかがかと思うが、この業界は情報があまりにも非対称すぎる。それを使ってのプロモーションは少なくとも僕には出来ません。

2010年3月13日土曜日

インドのカイゼンとMissing Middle

先日のカンファレンスのプレゼンの話がまだ残っています。

某最大手コンサルタント出身のStanfordの教授が、現地のコンサルタントと組んでインドの28の繊維工場のマネジメントを改善して、平均で15%、生産性を向上、$500K/yearもprofitを上げることが出来た、という話があって、この話がMBA学生からは恐らく一番関心を引いていた。

具体的なマネジメントの向上の手法は、日本のお家芸的なカイゼンが中心。例えば5Sとか、定期的なデータ集計に基づく品質管理、在庫管理、受発注管理といったもの。対象はランダムに選定され、コントロールグループのデータとの比較も行われているので明らかなバイアスも無い。

ということで、問題は何故こんな明白なBusiness Chanceが眠ったままなのか?という話である。事業者サイドの分析としては、事業者のうち多くは、上で書いたような手法を単純に「知らなかった」か「間違って理解していた」ために実施していなかったということであった。事業者側にそこまでのインセンティブも無い、という話もあった。但し、資本の制約は「存在しない」とのことである。

他方で、投資家・コンサルサイドの分析としては、これは論文中では書かれていなかったので、僕の推測に過ぎないが、(1)途上国のPEは基本的に$25M以上の大規模投資を中心に行っており、Microfinanceはより小規模の事業主を対象とした投資を行っている、のでこの論文の対照となっている売り上げ$8M程度の会社に先進国からの投資はあまり行っていない、(2)大手コンサルはフィー・インパクトの関係から、基本的に業界のtopと仕事をしている、という2点が挙げられると思う。

Non-profitのファンド、例えばendeavorなどは、こういった事業を対象にしていると思うが、いずれにせよ、こういったEmerging MarketsのMiddle Sizeの会社に対する投資・コンサルタントというのは未だに空白地帯として残っているのではないか、と思う。別に僕が思っているわけではなくて、Missing Middleという割と大雑把な議論は結構前からされていたりする。

カイゼンという論点からは、実は僕も同じようなプロジェクトをエジプトでやったことがあるのだが、他にもこんな会社があったり、"Toyota kaizen Consultant"で検索すると色々な会社が出てくる。

2010年3月1日月曜日

高校の頃シバリョーをよく読んだがこの「峠」という小説は結構衝撃的だった。明治維新の頃、小藩である長岡藩出身の俊英河合継之助が明治維新の立役者たちと触れ合うことで成長していきながら、結局は袂を分かって長岡藩と命運を共にする、というお話、だったと思う。「竜馬が行く」みたいな爽快感はない。まぁ読後感は人によって違うだろうけど、当時、全く損な人生だな~と思った。

峠 (上巻) (新潮文庫)峠 (上巻) (新潮文庫)
著者:司馬 遼太郎
販売元:新潮社
発売日:2003-10
おすすめ度:4.5





最近このお話をよく思い出すが、どんなに優秀な人でも多勢に無勢、時代の波には勝てない。我々にとって見れば、好むと好まざると片足を突っ込んでいる日本が沈んでいく最中に、どうやって活路を見出していくかというのは中長期的には最大の課題(日本が沈んでないと思う人は人口増加率と経済成長率を他国と比較してくださいね)。長期的には国造りに関われればいいのかもしれないが、中期的には海外で儲けられるようになっておかなければならない。

ちなみに、完全にエクソダスするのは超難しいと思います。研究者やアーティストを除いて日本とのつながりなしで海外でバリバリ活躍している日本人は殆どいないんじゃないでしょうか。

2010年2月13日土曜日

故郷に錦を飾る: Remittance 2

と、いうことで、前回はやや中途半端なところで終わってしまいました。とはいえ立派な結論があるわけではありません。従って、投稿する気が失せていたのですが、何も投稿しないのも気持ち悪いので、語尾をですます調に変えて投稿することにしました。

とにかく、最近考えているのは、農業生産・資源輸出と送金で成り立っている国と、製造業やサービス業でも稼げる地域の経済中心国との二極分化と、言語・文化の相違によるブロック化が今後加速するのではないかということです。これは決して悪いことではなく、おそらくアフリカの成長シナリオとしては唯一ありえるものなのではないかと思っています。

この場合、内陸国でとりうる政策と、成長が望める国とでとりうる政策、国際機関やドナーの方針というのも自ずと変わってくるのではないかと思います。政策的には内陸国は潔く諦めて「教育県」を目指すということです。ビジネスとしては送金システムのインフラが不十分らしいのでそこが狙い目。

Counterargumentとして、アフリカが外貨を稼ぐには農業と資源の輸出しかないのでアフリカ域内のブロック化は起こらない、という論点があると思います。あとは移民というのは昔から問題の種になっています。この話なんかは有名です。それから政策的にそんな割り切りが出来るかというと程度の問題ですが限り無く困難でしょう。もちろん、送金以外の経済活動のトランザクションも考えないといけません。

色々とこの話について調べたところ、すでに膨大な量の研究がなされています。ここなんかを参考にしてください。本当は内陸国がどういう政策を取れるのかを議論したかったのですが、考えれば考えるほど、如何に選択と集中が難しいかを思い知らされ、諦めました。そのあたりは、ビジネスケースとは様相が違います。

2010年2月10日水曜日

アメリカ人が寄付する理由

すでにご存知の方も多いかもしれませんが、アメリカでは個人レベルでのNon-profitに対する寄付が盛んらしいです。多分その理由は以下の3点だと思います。

1.文化的な背景
アメリカでは古くからコミュニティに対する金銭面での貢献がオープンにappreciateされていると思います。東大の安田講堂みたいに、人の名前のついた公共施設が沢山あります。履歴書や人物評においても、社会貢献活動は必ず評価され、仕事だけではなく社会問題に関心が高いことがエスタブリッシュメントの前提条件になっています。借金を背負って勉強しているMBA生の間でも盛んに寄付活動が行われています。私は借金をしている人がDonateするのは意味不明だと思っているのですが。

2.金持ちの多さ
恐らくはアメリカの大金持ちの数、所有する資産の量は日本に比べて圧倒的に多いので、それが寄付の量の多さにつながっていると思います。

3.免税
アメリカのほうが、寄付金が免税の対象となる機関が多く、他方で日本では住民税の控除の対象となる認定NPO法人の数が限られているなど、免税可能な寄付をするのが難しいらしいです。詳しく調べると結構難しい。時間のある人はこのHPをご参考にしてください。

http://www.mof.go.jp/f-review/r65/r_65_074_092.pdf

p18の価格弾力性と所得弾力性の話は実に面白いです。詳しい分析の仕方が気になりますが。

さて、ここ20年程度で、日本でも上の1.~3.が満たされるでしょうかね?経済の見通しの悪さ、社会保障問題、政府の累積債務を考えると、わたしはかなり否定的な見解を持っています。所得税率がアップして寄付したほうがマシ、というシナリオは笑えないな。

日本も近い将来はアメリカと同じようにNon-profit大国になるか?という話については、アメリカのNon-profitがどの程度寄付以外の資金収集能力があるか、ということと、法人による寄付の仕組みも調べないといけないので、何とも言えません。

2010年1月21日木曜日

故郷に錦を飾る: Remittance 1

なぜか内陸国での仕事が多い時期があり、ラオスとかマリとかに何度か行ったのですが、そもそもインフラの整備が不十分な内陸国が如何なる成長戦略をとり得るのかと考えても、中々答えは出ない。ところがレソトという国は面白くて、台湾人が作った繊維工場と水資源の輸出以外は農業を含めて大した産業はないのに、街を歩いていて明らかに周りの国よりも生活水準が高いように感じられた。さらによくよく見ていると子供と老人の数は多いが若い男の人が驚くほど少ない。調べてみると、GDPの四分の一が海外(主に南ア)からの収入で成り立っているということで、成る程、と得心がいったのだが、これもひとつの発展のあり方なのかも知れない。

調べてみたところ、アフリカ域内外の移民の数は1000万人~3000万人と推計されており(アフリカ全体の人口は8億人程度)、機関によって推計値が違いすぎるが、うち先進国に住んでいる人口は全体の3%程度らしい。先進国からの送金を含むremittance(仕送り)は、400億ドルと推計されており、これはアフリカ全体のGDP(9870億ドル)の4%程度。ちなみに日本のGDPは43,000億ドル(約430兆円)位なので、アフリカ経済がどれだけ小さいかが良く分かる。大体、韓国のGDPと同じくらいです。それはいいとして、4%というのは少ない気もするが、GDPのうち原油などの資源輸出を抜いて考え、あとはこの費用が全て生活費にまかなわれるとすれば、結構インパクトは大きい筈である。

そもそもアフリカでは英語・フランス語・スワヒリ語あたりが話せれば、地域の中心国であるセネガル、ナイジェリア、南ア、ケニア、タンザニアあたりで仕事が出来る筈なので、アジアよりは国境の壁が低いのだと思う。

と、ここまで書いて思ったより時間を消費してしまったので続きはまた後日。最近こういう良くわかんない話を検証してみようという変なモチベーションが有り余っていて、一日に幾つかのアイデアが出てくる。それはいいんですがいざ文章にするとなると一応Factも集めないといけないし、かといってまとめておかないと妄想のままで終わるので困ったものです。まぁ、本当に重要なことをないがしろにして現実逃避しているだけの気もしますが。

2010年1月20日水曜日

企業参謀

をたまに読んでいます(大前健一)。この本は、間違いなく、これまで読んだ(そして最近はやりの)ロジカルシンキング本の中で一番優れているのではないかと思います。そのまま学校の授業に応用できる素晴らしい本です。ただ、その本の中の一部分だけを挙げて文句を言うのはよくないと思いますが、話が行政に入った途端、全く的を得ない議論になっているのには驚いた。

彼はイカ漁船の規制について例を出して、こういった行政の問題にも戦略的思考が役に立つことを示しています。ただ、そもそもヘビーな行政上の問題というのは、(1)その所在が発現するまで明らかではなく、発生した時点ですでに手遅れなことが多く、(2)とりうる対処策が法的根拠を有するか、倫理的に問題ないか、そして上位政策とのアラインメントが取れているかの判断が困難なために、行き当たりばったりに対応しているように感じられるのだと思います。個別最適解を出す能力の欠落が問題の中核にあるわけではない。

もちろん長い間議論が続いている幾つかの政治的課題について、大前氏の分析はきっと役に立つとおもうし、(1)も(2)も結局はしっかりした国家戦略があれば問題ないのかもしれません。ただ、感じるのは、ビジネスと行政はやはり違うということと、行政のあり方の変化の激しさです。この本は30年前に書かれた本であるにも関わらず、企業戦略については未だに新鮮味を感じる(その証拠に売れている)。でも行政に関しては、それは古いんじゃないの?と感じることが多々ある。そういうこともあってその中間を行く国際開発という仕事は面白いわけです。

最後はやや強引ですが。

2009年11月19日木曜日

Emerging PE

大分前の記事ですが。すでに先を行かれている。すごいなあ。まぁ、今年はかなり落ち込んでるんだろうけど。ところで、MBAの同級生からの情報収集と、自分での情報収集をmixすると、どんどん深く掘り下げることが出来る。ビジネス・ファイナンス系の用語も結構英語が頭に入ってきて、新聞を読むのも面白い。